こんにちは
+創る、活かす、ヨム、ウタフ+
ピンチをチャンスに、コトタマノスベ
ソロックです。
今日は私ソロックの原点である9歳時の
3つの困難、2つの失望、1つの絶望について書きます。
私の探求の原点です。
裕福な家庭の長男として天真爛漫に気楽に過ごしてきた私=ソロックが
それからの数年間、死を意識しながら人生に取り組む事になった原点です。
私は人生で3度、死を意識したことがあります。
もう本当に生きていけない!死んでしまう!と追い詰められた状況です。
一度目は高熱にうなされた幼い頃。
三度目は27歳の時、拡張型心筋症で余命半年宣言を受けたとき。
そして、9歳の時の困難-失望-絶望は
二度目の死を意識したときでした。
まずは、3つの困難から。
弥生の晦日に生まれた私は、クラスメートの中では小さい存在でした。
そして、風邪をよく引き授業の三分の一は欠席する子でした。
一週間寝込むと、筋力も体力も落ちてしまって、
肉体的にとても情けない思いを抱いておりました。
副鼻腔炎、蓄膿症もあって、鼻はいつも詰まっていました。
体と健康が大きな一つの困難でした。
そして、学習についての困難がもう一つの困難でした。
副鼻腔炎でいつもボンヤリしているところで、授業を三分の一欠席すれば
山ほどの宿題をもらっても、さすがに学習についていくの大変でした。
特に文字を書くことは困難で、小5になっても鏡文字を
書いていたのを覚えています。
幼児の時に父から施された英単語記憶トライアルの後遺症による吃音も
言葉の困難の一因でした。
しかし、最大の困難は自分の心の弱さでした。
立ち向かう強さ、闘う強さを持つことができない自分。
泣き出してしまう弱く情けない自分の心の困難が
三つ目の最大の困難でした。
さらに私は2つの失望に直面しました。
一つには「ありのまま」を受け止めてくれる相談相手の無さです。
なぜ、僕の話を最後まで聞かないで、自分の記憶にある似たような情報を
強引に当てはめようとするのだろうか?
なぜ、新たな出来事としてオーダーメイドで解決策を用意しようとせず
自分が既にもっているパターンを持ち込むのだろうか?
そもそも固定観念から離れて「ありのまま」を受け止め相談できる大人は
いるのだろうか?僕の周囲にはいないけど・・・。
もう一つは理解者の無さでした。
理想は困難への解決策を提示して、実行を助けてくれる人でしたが
理解し励まし寄り添ってくれるだけでも良かった。
当時、私は強度のエンパスでもあって、相手や周囲の感情に
完全に巻き込まれて、自分を保つことができていませんでした。
そして、一つの絶望がありました。